閑話休題

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映画感想:スティーブン・ソダーバーグ監督『サイドエフェクト』(ネタバレしています)

基本情報

監督:スティーブン・ソダーバーグ
出演:ジュード・ロウルーニー・マーラ,キャサリン・ゼタ=ジョーンズ,チャニング・テイタム,ブレーク・ライブリー

公開年:2013年

感想

序にかえて

あらすじはネタバレかつ映画の面白みを損なうので,出来れば見ない方が良いと思います.以下感想.

感想

完全にだまされた.冒頭からだまされた!!!あまり内容に立ち入るのも興趣をそぐので何とも言いづらいですが思い切ってネタバレしていこうと思います.オチ等を知りたくない人は読まない方が良いかと……


冒頭から振り返ってみた

 本作は血痕したたる無人の室内が映し出されるシーンに始まる.カメラは最初血の滴るキッチンを映し出した後,廊下に残る血痕を追い,最後はイスの上に置かれたプレゼントに焦点を当てて暗転する.たかだか数十秒のシーンだが,物語の暗い結末が予期させるには十分な描写である.思い出されるのは腐敗した遺体が残されたアパートメントに警察が侵入するシーンに始まるミヒャエルハネケ監督『愛-アムール-』である.『愛-アムール-』では,このシーンとラストシーンがつながっている.つまりこの手法は,言ってみれば「事後」を見せるような手法.オチがバレるという欠点はあるものの,僅かな描写で物語が破滅に向かってすすんでいくと言うことを強烈に暗示するには効果的なのかもしれない.本作についても同様の効果を狙ったのだろうと思っていた(最初の40分くらいは……).
 エミリー(ルーニー・マーラ)は,マネーロンダリングで服役中の夫マーティン(チャニング・テイタム)との4年間の別離を経て,N.Yで夫婦水入らずの生活をはじめた.しかし,夫の服役という出来事で深い絶望を味わったエミリーは,マーティンが帰ってもなお,絶望から立ち直れずにいた.そんな中,エミリーは絶望故に自動車で壁に向かって突っこみ.病院に運ばれる.精神科医バンクス(ジュードロウ)は,入院中の彼女をカウンセリングしたことをきっかけに,彼女へのセラピーを開始するようになる.
 バンクスはエミリーの治療歴を知るため,エミリーのコネティカット在住時代の精神科医シーバード(キャサリン=ゼタ・ジョーンズ)に連絡を取る.彼女がすすめたのは,新薬アブリクサ(炙り草?)であった.

ちなみにアブリクサは架空の薬だが,websiteは存在する.Ablixa (Alipazone), Take Back Tomorrowジュード・ロウの映像等も見られるので,ちょっと見てみたら面白いかもしれない.

閑話休題,エミリーへの治療は既存の精神薬を用いて進められるが,エミリーには効果が出なかった.夫と出席した船上パーティーでは何故だか涙が止まらなくなり,出勤前の地下鉄では投身を図ってすんでの所で警備員にとめられる始末.「私は役立たず」と絶望するエミリーに対して,バンクスはシーバードのすすめたアブリクサを処方することにした.
 アブリクサはエミリーに旨く適合する.エミリーは心の平穏を取り戻し,夫婦の性生活も旧に復し万事順調,かと思われた.しかし,である.同時に副作用(side effects)も顕著になり始める.エミリーはアブリクサ服用後,夜中に3人分の食事を作り(流産した子供の分だろうか?),マーティンの問いかけにも一切答えない,爆音の音楽を流す,といった奇行を見せるようになる.まるで眠ったまま動いているかのような状態だ.
 マーティンはバンクスに症状を報告して相談するが,妄想を鎮める薬を処方し,次のセラピーまで様子を見ることに.
 そして,次のセラピーの直前,エミリーが食事の準備のためにキッチンで野菜を切っているとマーティンが帰宅する.イスの上にはなぜかプレゼントが……エミリーが心配なマーティンはキッチンへ向かいエミリーを抱擁する.するとその刹那,返す刀でエミリーはマーティンを刺す.間髪入れずとどめの一撃が背中へ.廊下で血を滴らせながら這いつくばるマーティン.エミリーは呆然と眺めるばかりであった.スタスタと歩を進め,ベッド脇に置いてあったアブリクサを飲んで,彼女は眠ってしまう.もちろんこのシーンは冒頭の血の滴る室内のシーンにつながるのだが,正直言って開始60分前後でネタバラシになるとは思いもよらなかった.

 直ぐに裁判が始まる.彼女が殺害した事実は状況から明白である.主治医のバンクスも検察から事情を聞かれる.バンクスは,殺害時点でエミリーが自覚を失った状態であったと証言する.この証言によって検察と弁護側で司法取引が成立.弁護側は彼女が
心神喪失状態にあったと認めるかわりに,無罪を勝ち取る.そしてエミリーは精神疾患が完全に回復するまで精神病院で監視されることが決まった.
 この処置に納得しきれない彼女は,自分が精神疾患を持っていることを認められず,あるstatementを出す.内容は,自分はアブリクサの被害者でありアブリクサが為に夫を失った,このような被害者をもう出さないでほしい.というものだった.
 当然こうなってくるとメディアによる追及の対象となるのは,アブリクサ販売元の製薬会社と,処方したバンクスである.バンクスの「悪評」はたちまち彼の抱える患者も知るところとなる.
 ここからバンクスの境涯は悪化の一途をたどる.マスコミは連日自分を追いかける.クリニックにも悪評がたつことを恐れたパートナーからは,クリニックを出て行くように勧告される.検察からは事情聴取を受ける.さらに学生時代にセラピーをしていたが自殺したアリソン・フィンなる女性の遺書の内容が妻の知るところとなり,その内容がバンクスとの性的な関係を記したものであったことから妻との関係も決定的に悪化する.さらに新薬のテストに協力して得るはずだった$50,000もこの一件で吹っ飛んでしまう.
 そんな折,バンクスは何となしにアブリクサについて検索する.するとそこにはシーバードの論文があった.アブリクサのもたらす睡眠時歩行についての論文だった……
バンクスは直ぐにコネティカットシーバードのもとに向かい,睡眠時歩行について知っていたのか否かを問いただすがはぐらかされる.アブリクサを販売していた製薬会社の株価が事件後に暴落し,ライバルの製薬会社の株価が高騰したという事実を知っていたこともあり,この時から,バンクスにはシーバードとエミリーを繋ぐ線が見え始めたのかもしれない.

N.Yに戻ったバンクスは直ぐに「調査」を開始する.バンクスは,エミリーの行動に不審な点をいくつも見つける.車で壁に突っ込んだ際,彼女はシートベルトを締めていた.彼女の証言や言動を細かく調べるほどに,彼の疑念は確信に変わっていった.自分は嵌められたのではないか,と.

バンクスはさらに調査を敢行する.精神病院にいるエミリーに面会.彼女に気を失う薬を与えると偽って食塩水を投与し,インタビューを録画する.結果,エミリーは気を失う(フリをした).これをもってエミリーが詐病であると確信したバンクスは,検察に映像を持ち込み,彼女がguilty of murderであると訴えるが,「あなたがやったことは倫理的に正しくないし,そもそも裁判は終わった」として却下される.

シーバードはエミリーとバンクスの性的関係をにおわせる写真をバンクスの妻に送りつけ,バンクスを社会的に抹殺することを試みる.

バンクスは再び精神病院に向かい,エミリーの電話を禁止した上で,彼女に明日電気ショック治療をすると告げる.電気ショック治療は精神病の患者には有効な場合もあるが,正常な人間には極めて有害である.彼女は怒り狂って病院の係員に電話を掛けさせるように要求するが,予め電話は禁止されているので,職員に静止されてしまう.その後,エミリーは窓越しに,シーバードとバンクスが会話し握手する光景を見ることとなる.

翌日も治療を行おうとするバンクスに対して,エミリーは観念して自分が詐病である旨を打ち明ける.彼女は夫が目の前で逮捕されるという絶望的な経験から語り始める.その悲しみを鎮めるために彼女はシーバードのクリニックを訪れた.シーバードも夫と別れたばかりで,二人は直ぐに性的関係を持つようになった.シーバード鬱病のように振る舞うテクニックをエミリーに教え,それを利用して金を稼ぎ,夫を忘れようと言ったのだった.二人は計画を実行に移し,エミリーは意図的にマーティンを殺害した.もちろん彼女の鬱病の症状は全て演技であった.

バンクスはなおも彼女を精神病院から出さないと告げる.するとエミリーは"There is a better deal."と言って,更なる交渉を持ちかける.

バンクスの助言のもと精神病院を出たエミリーはシーバードのもとを訪れ,sexをはじめる.しかしその直後に警察が部屋に押し入り,シーバードは逮捕される.彼女は売られたのだった.彼女の「better deal」とはこのことだろうか.

N.Yに戻り規定通りバンクスのセラピーに来たエミリーにたいし,バンクスは最後の復讐を仕掛ける.正気であると分かっているエミリーに対し,大量の向精神薬を処方したのである.分け前を手にし,シーバードも片付けたはずなのに何を言い出すのか.エミリーは怪訝な表情をする.もちろんバンクスの許可によって精神病院を出たエミリーは彼の治療に従わなければいけない義務がある.しかし精神疾患を持たない人間が大量の向精神薬を服用すれば,精神が破壊されることは必死.薬の服用を強く拒絶し部屋を出るとそこには警察,検察,弁護士が控えており,彼女は再び精神病院に戻されるのであった.

ラストシーン,精神病院で窓の外を見つめるエミリーに対して,職員が
"How do you feel today?"と問いかける.
エミリーの返事は
"Better, much better."
画面は刑務所を映し出し本作は終了する.
If you wanna read more detailed plot of this movie, I recommend http://www.themoviespoiler.com/Spoilers/sideeffects.html:titile

純粋な感想

とにかくソーダーバーグの巧妙なミスリードにやられっぱなしの106分でした.それは一人称の使い分けが上手いと言うところでしょうか.チャニング・テイタムが殺されるまでは徹底してルーニー・マーラ目線で物語がすすんでいくので,彼女に対するシンパシーがわいてしまい,正直言って彼女がinsaneであることを疑わなかったし,彼女が裁判中に「私は薬と状況の被害者である」と言う時もそれは真に迫った言葉であるようにしか思えなかった.もっと言えば,バンクスも新薬のテスト等で富を得ようとする等けっして良い人間一としてのみ描かれていた訳ではなかったので,バンクスの正しさはクライマックスまで信じられなかった.特に彼が調査を行うところでは,顔がやつれ,元同僚に精神薬を要求するシーン等があり,「こりゃミイラ取りがミイラになっちまったな,そういう意味でのside effectsなんだろうな」と勝手に合点がいってしまったりなんかして……

シーバードとエミリーの関係性は,ゲーム理論のトリガー戦略で考えるといいのかな.トリガー戦略の詳細については,モラルハザード
ゲーム理論のトリガー戦略について 【OKWave】
つまりシーバードは一回の裏切り(とエミリーがみなすと推測できる行為)を犯した後でも,二人の間には協力が成立すると考えたのであろう.エミリーは忠実トリガー戦略を実行した,結果として途中段階ではエミリーが高い利得を得ることとなった.しかし,バンクスを一度裏切っていたにもかかわらず,バンクスに協力を表明しなければいけなかった時点で彼女の命運はつきていたのかもしれない.けっきょくバンクスの非協力にあって彼女の利得もシーバードと同じレヴェルまで下がってしまった.

それにしてもソーダーバーグには恐れ入った.宮崎駿よりも引退が惜しまれます.正直言って他の作品は見たことなかったので,これから見てみようかな.