永井荷風『雨蕭々』の感想
永井荷風の短編.捨て去られるものへの哀惜の念が込められた,永井荷風らしい作品だった.
あらすじ:
文筆家の主人公は10年前新妻の愚鈍に呆れてこれを去り、七年前妾の悋気深きに辟易し手を切ってこの方、夏の暑きにもだえ冬の寒きに震える病身を持て余しながらも一人住まいを続けている。
養痾と言い訳して無精をごまかし「ヨウさん」と会わずに半年経った折節、主人公はふとしたことから小半が芸者に戻ったと知る。聞けば小半は活動写真の弁士と恋仲になり、「ヨウさん」の逆鱗に触れたのだった。当世風の女はみな江戸趣味など理解できぬことを悟ったヨウさんは「町に育つた今の女は井戸を知らない。跳釣瓶の竿に残月のかかつた趣なぞはしらう筈もない」と、いい知れぬ無力感に襲われるのであった。
感想
永井荷風の作品に共通する事だが,内容はとりとめもないこと甚だしい。小説にものする代物であるようには思われない。それでもこの作品が良作足り得る所以は、擬古文調で書かれた文章の美しさにある。古きを温め新しきを知る姿勢から生じる彼の文体は、近代日本文学が欧米色に染まり行く中で孤独に、しかし燦然と輝く江戸の系譜を次いだ文学と賞せられるに値するものである。