閑話休題

ブログの効能と言わば何ぞ其れ日々の由なし事の記帳に限らんや

映画感想:悼む人-小説原作の限界-

人の死

 人は二度死ぬと言われる.1度目の死は肉体的な死.2度目は生きている人たちの記憶から消える時に訪れる社会的な死だ.自分が死んでしばらく経つと,自分の存在は完全になかったことになるなんて,なんておそろしい!...本当にそう感じるだろうか?心から恐ろしさを感じる人には,この映画の登場人物の行動は切迫感をもって捉えられる.存在の消失に対してリアルな恐れを抱かない人にとっては,この映画はとてつもなく入り込みにくい.ちなみに自分は後者である.

『悼む人』予告編1 - YouTube

「悼む」という行為

 坂築静人(高良健吾)は,東北地方を一人で旅しながら新聞などで死者の情報を集め,自分なりの方法で死者を「悼む」儀式を行っていた.死者ゆかりの場所に赴いてひざまづき,手を振り上げた後胸に当てる.この動作とともに近所への聞き込みや新聞情報などをもとに調べた内容に従って,死者が誰に愛され,誰を愛し,誰に感謝されたか,を彼が知りうる限り唱えつづける.
 この方法に行き着いたのは,大切な肉親や友人の死を忘れていく自分自身に気づき,生きる意味を見失ったことがきっかけだった.死んだ人間はこんなにも早く生きる人間の記憶から失われてしまい,精神的な意味でも消え失せてしまうのなら,
「自分はなんのために生きているのだろうか?」
そんな鬱々とした気持ちは,他者の生の記録を集め,それを自分自身が可能な限り覚えておくことで,徐々に解消されていった.気づけば静人は家族の元を離れて死者ゆかりの地を転々とするようになっていたというわけだ.
 しかし,である.赤の他人である静人が知ることのできる死者の生の軌跡はほんのわずかだ.断片的な情報をもとにあたかも人生全てを知ったかのように「悼む」行為に意味はあるのだろうか?独りよがりではないだろうか?そんな思いから発せられる
「君はなんのためにこの旅を続けているんだ?」
という問いに対して,静人は
「僕は病気なんです」
と答えるばかり.静人も「悼む」ことに対してどこかに疑問と無意味さを感じながら旅を続けていたのだった.
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殺して欲しい

 そんな折,彼は奈義倖世(石田ゆり子)とであう.倖世は夫の甲水朔也(井浦新)から殺して欲しいと頼まれ,夫を殺していた.朔也が殺して欲しいと頼んだのは,静人同様に生の意味がわからなかったからだ.彼はこの世は何もかもが汚れていると考えた.最も清く美しいと思えた愛でさえも,物質的存在に対する執着にすぎない.しかし自分を強く愛する倖世に殺されれば,自分の存在は愛する物質的対象を失った倖世の心の中に残ると考えた.そうすれば汚れのない状態で自分の存在を残すことができるというわけだ.
 甲水の思惑通り,倖世は甲水の幻影を感じたまま生き続けていた.そして静人とともに旅を始めるようになった倖世は甲水同様に,自分の過去をよく知る静人に殺されることで,その存在を残したいと考えるようになった.
 二人は旅を続ける,倖世が怪我を負っても旅を続ける.嵐の中でも旅を続ける.そして静人が母危篤の報を受けて旅を終えようとする段になると,倖世は自殺を決意し高さ50mほどの橋から飛び降りようとする.しかしその刹那,静人が彼女を抱きかかえる.彼女に対する愛をはっきり自覚したが故に飛び込みを阻止したのだ.二人は山中で愛し合ったのち,別れる.彼女曰く,
「もし私が倒れたとしても,あなたの中には私がいる」.
生ける人間の中に自分がいる以上,死なずとも良いと思ったということなのだろうか?自分にはこの行動の意図はよくわからなかった.
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素晴らしい演技!

キャストの公演が目立った.高良健吾は生に対する諦めや悟りと「悼むこと」に対する情熱の同居する坂築静人という難しい役回りを完璧に演じきった.石田ゆり子はDV男ばかりを引き当てる薄幸美人がはまり役だった.椎名桔平大竹しのぶ貫地谷しほりといったキャストは限られた出番の中で「生きる意味」を考える機会を考えさせてくれた.そして何より,愛する倖世に殺されることを望む甲水は井浦新にとってのはまり役だったに違いない.この俳優はこういうマッドな役には滅法強い.「蛇とピアス」でも本作同様に死を望む狂人役を好演していたが,それに匹敵する当たり役だ.

しかし,である.

この映画はとても分かりにくい.扱っているテーマが理屈っぽいから,解釈が難しいためだ.自分が解釈した内容には多くの誤りがあるだろう.また,登場人物も多くサイドストーリーもたくさん出てくるしそれなりの時間を占めているので,作品としてのテーマを理解するのも難しい.しかし時間は標準的な映画の放映時間上限である150分もある.でも分かりにくい.
 なんでそんなことになったのだろうか?それは,原作が小説だからだろう.本作は天童荒太の小説『悼む人』を原作としている.ちなみに自分は小説は全く読んでいない.
 本作のテーマになっているような生きることの意味に対する懐疑は,小説であれば緻密な心理描写を行うことでより論理的かつ明快な形で提示できるはずだ.しかし映画では,伝えられる文字情報の量はかなり制限される.心理描写を全部セリフに置き換えてしまえば拭えない不自然さがまとわり付くことになるが,他に有効な方法もないので,小説よりも分量を減らして,登場人物に自身の心理を語らせる手法を取らざるを得ない.つまり,この映画の作り手は映画という表現方法の制約の中ではベストに近い方法で原作をなぞっているものの,その制約ゆえに分かりにくい映画になってしまったのである.
 サイドストーリーが多く挿入されているのも,原作の存在故であろう.商業映画が2時間前後でまとまった,観客に分かりやすい内容を提示するべきだと考えるならば,本作においてサイドストーリーは削っても良かったと思う.しかし,小説にはサイドストーリーがかなりの比重を持って書かれているために,削るわけ二は行かなかったのだろう.
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結局

静人と倖世は「二度目の死」の虚しさを乗り越える術については,明確な答えを得ないままに旅を終えてしまったと思う.それでも,今生きている人間と少しでも多くの関係を切り結ぶことによって,彼らの2度目の死を遅らせることができるということを旅を通して知った.つまり,悼む行為を生前から行うことが二人が出した「生きる意味は?」というアポリアに対する答えだったということだ.

基本情報

監督:堤幸彦
出演:高良健吾井浦新石田ゆり子椎名桔平大竹しのぶ貫地谷しほり山本裕典ほか
上映時間:150分
公開年:2015年