閑話休題

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映画感想:アメリカンスナイパー〜イーストウッドが描いたヒーロー像への疑問〜

ゴチャゴチャ言う前にまずはっきりさせておかなければいけないことがある

共和党寄りのはっきりとした政治的信条を持つイーストウッドと,相容れない正義がぶつかり合う様を簡潔に描き出してみせる芸術家としてのイーストウッドは別物だ.六部門アカデミー賞にノミネートされたこの映画は,共和党員を満足させるのに十分な程度に「神,国家,家族」を強調している.しかしながら,この映画は戦争から得られる栄光には限界があることと,戦闘の持つ中毒性も克明に描き出している.
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映画『アメリカン・スナイパー』予告編 - YouTube

名誉を得るのは番犬だけだ

冒頭シーンはイラクファルージャの廃屋の屋上から始まる.米軍のスナイパークリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)はライフルスコープから10歳くらいの子供とその母親と思しき女性を捉えている.女性が子供に何かを手渡す.手榴弾のようにも見える.射殺するべきだろうか?しかし無実の子供を撃ち殺せば軍法裁判にかけられかねない.何より自分の妻は母国で子供をみごもっている.撃つか,否か… そしてその時,子供が地上をパトロールする海兵隊に向かって走り始めた.

刹那,シーンは幼いクリスが初めて猟銃で獣を撃つシーンに切り替わる.テキサスのクリスチャンの家庭で育ったクリスは,父親はから彼なりの社会契約理論を開陳する.「世の中には3種類の人間がいる.羊,狼そして番犬だ.名誉を得るのは番犬だけだ」
無力な羊は邪悪な狼に狙われる.その狼を倒して正義を守るのが番犬だ,という程度の意味だろうか.クリスがこの言葉にどの程度影響されたかはわからないが,イーストウッドの正義観とこの映画を貫くマッチョイズムを体現する良い言葉だ.
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カイルは地元テキサスでカウボーイとして少し活動した後,クリスはNavy SEALsに入隊する.ドSの教官たちの非人道的ともいうべき(軍隊だから当たり前だけど)訓練を受ける傍ら,クリスはバーでタヤ(シエナ・ミラー)に出会う.二人は結婚するに至るが,すぐに911が発生,クリスは結婚式の直後にイラクへと送られる.

ここでシーンは再び冒頭のファルージャへ.結局クリスは1km離れた子供と女性の射殺に成功,米軍の犠牲を見事に防ぐ.この経験から,かれは自分の腕に自信を持つとともに,もう自分の判断を後から自己批判したりはしないと誓う.

クリスの快進撃は続く,スナイパーとして次々に標的を射殺し,彼には「レジェンド」のニックネームが付けられるようになっていった.ここからイラクでの戦闘シーンは,言ってみれば,視野が狭くなっていく.かれのライフルスコープのごとく.彼の同僚や兄を追って海兵隊に志願したクリスの弟は物語の本筋からは外され,ほとんど物語に影響を与えない.そしてクリスの敵であるイラク人たちは”Savages”であり,イラクは”evil”の国とみなすことで,クリスは人を殺すことに対する倫理的葛藤を抑え込むことに成功する.

彼の信念を揺るがすのは信心深い同僚の兵士と,タヤだけだ.タヤは夫が一時帰国しても心は戦場にあり,精神的な別居状態にあることに心を痛め,”Even when you are here, you are not here”(あなたは私といるときも,心は戦場にあるのね)と嘆く.

クリスは4回にわたってイラクでの軍事作戦に参加するが,最後の戦闘では,敵の凄腕スナイパー(シリア代表としてオリンピックに参加した経験がある)とサドルシティで対決する.かれはサドルシティに塀を建設していたアメリカ軍の兵士を次々に狙撃していた.クリスはスナイパーを数キロ離れた建物から狙撃するが,その後建物周囲にいた敵軍に建物を包囲される.激しさを増す砂嵐で完全に視界が奪われた中,クリスは命からがら脱出する.その様は肉体もモラルの葛藤も極限のカオス状態に達したクリスの状態と完全にオーバーラップする.

ブラッドリー・クーパーが凄い!

ブラッドリークーパーは「アメリカン・ハッスル」や「世界に一つのプレイブック」での不安に身にまとったどこか頼りなさげなキャラクターとはうって変わって,時代遅れなマッチョイズムという精神的牢獄に強靭な肉体を閉じ込めているクリスを好演している.イラクでのシーンが中心になる分出演シーンこそ少ないものの,シエナ・ミラーはクリスが自分の苦しみを唯一吐き出せる存在であるタヤを演じきった.



!!!------------------------ここからクライマックのネタバレがあります-------------------------------------------!!!


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リスカイルは英雄か?悲しき一兵卒か?

映画のクライマックスを担うは機転の効いた演出で終わるしかしこの演出は「アメリカン・スナイパー」が巧妙に描いたクリス・カイルの二つの側面のうちの一つを過度に強調しすぎているように感じる.それは英雄としての姿と戦争の無意味さにもがき苦しみながら闘った一兵卒の姿だ.確かにアメリカ国民にとって,クリス・カイルはまごう事なき英雄だ.米国の傘の下で安全を保障されている日本国民にとっても英雄と呼ぶべきなのかもしれない.しかし,38年という彼の人生の最後の数年間を埋め尽くしていたのは,死への恐怖と終わりなき殺し合いに対する倫理的葛藤だったはずだ.ラストシーンで大規模な葬儀が行われた時の実際の映像が使用されているわけだが,この映像は実在したクリス・カイルという人間の苦悶を遠景へと追いやり,キャンバスの大部分を”glorious hero”としての側面で塗り固めてしまっているように感じられてならない.


基本情報

監督:クリント・イーストウッド
出演:ブラッドリー・クーパーシエナ・ミラー
公開年:2015年
上映時間:132分