閑話休題

ブログの効能と言わば何ぞ其れ日々の由なし事の記帳に限らんや

庭園考

 ゴールデンウィークの最終日,小石川後楽園と古河庭園にいってみた.

 日本庭園は,地形・植生などの自然(日本)の特徴を庭園のデザインへと落とし込むというのが基本になっていると思う.それゆえ,たとえ庭園の原地形が平坦な草地だとしても,日本庭園が自然環境の再現である以上,築山も人工の小川もなければいけないのである.この辺は少ない経験に基づいた考えなので,不正確だったり的外れだったりするかもしれない.この辺は,

飛田範夫(1999)『日本庭園と風景』, 学芸出版.

あたりを読んでみたいところ.

 

具体的な庭園に即して考えると,六義園は本郷台地の上に乗っかってるので,平地だ.それでも築山を作って日本的な地形のミニチュアを再現している.

後楽園も堀端から続く低地に入り込んでいるので,地形的には平坦だが,土木工事で築山が幾つも築かれていて.高低差を感じられる構造になっている.一方で,地形に注目してみると,古河庭園は面白い.台地の上に屋敷が建てられていて,そこから直下のフランス式庭園,更に最下部の日本式庭園と続いている.日本庭園だと最上部に屋敷があるようなところは多くない気がする.自然地形の特徴を庭園のデザインに落とし込むという日本庭園の基本的方法論を踏まえれば当然かもしれないが……この辺りの事は,国交省精密基盤標高地図をみてみると面白い.古河庭園が上野から続く台地と根津-千駄木と続く低地(藍染川だっけ?)にまたがっているのに対して,小石川後楽園六義園は平坦地にあって回りと比べると特異な高低差を持っていることがわかる.

幾つか庭園を見たので,そろそろ地形敵艦点から見た庭園の類型化をやってみたい.
 
とは言うものの,設計に対してはっきりとした哲学が投影されている庭園にものたりなさを感じるのも事実.完結した理論構造の下にデザインされた庭園には,設計者が意図していない理屈を構築する事ができないからである.もちろん明確な哲学故の明確な様式美があるのはわかる.自然風景を起源として,それを模した庭園をデザインする事は大きな喜びを伴うと思う.しかしデザインされた庭園の鑑賞には,知的冒険が存在する余地がないように思えて仕方ない.
そう考えると,自然の山に対する興味が生まれてくる.山には単一の理屈は存在していないからである.その代わりに様々なシステム(気候・植生・動物...etc.)が複雑な階層構造を持ちつつ絡み合い,結果としてintegrityを持った一つの系を構成している.この系の全体構造を探るには地形的要因,社会的要因,生物学的要因などを解きほぐして一つの理論体系にぶち込んでやらなければだめ.故に知的冒険が可能なのである.
 
※今が見頃のカキツバタ

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カワセミがいた.最近は空気の汚い場所にもカワセミが適応してきたらしい.流石にたくさんのカメラフリークが三脚をたててシャッターチャンスを狙っていた.

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古河庭園の洋館.丘の上にあるこの洋館からは,庭園内の風景が見通せる.

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